盛岡聖書バプテスト教会 WebSite

2012年1月 記:近藤愛哉牧師

「決断~境を越えて」

「会堂管理者クリスポは、一家をあげて主を信じた。また、多くのコリント人も聞いて信じ、バプテスマを受けた。」使徒の働き18章8節

自分が持っていたそれまでの価値観、習慣を離れ、別のものを信じ、新しい価値観に生きるということには勇気がいるでしょう。色々と自分の立場を考え、躊躇してしまう、ということもあるでしょう。しかし、「信じる」「信じない」のその境界を超えるための「決断」とは一体どのようになされるのでしょうか。何か不思議な現象が起こったから、でしょうか。自分を取り囲む状況がそうせざるを得なくなったから満を持して(或いは仕方なく)、そうするのでしょうか。既に信仰を持たれている方は、ご自分の「決断」に至る過程に何があったことを、思いだされるでしょうか。

 使徒パウロによる第二次伝道旅行の記録にも、非常に印象的な姿を見せる「決断」に導かれた人々が描かれています。冒頭の箇所に記されているのは、コリントの街に居留していたユダヤ人達の指導者である「会堂管理者」クリスポ、その人です。多くのユダヤ人達はパウロの語る福音を聞くや、反抗して暴言を吐きました。クリスポの指導者としての立場を考える時に、大勢(たいせい)に反することになる彼の決断に際し、多くの非難と攻撃が集中したことは想像に難くありません。立場、ということを考える時に、その直前にパウロが赴いたアテネの街で、パウロにつき従って信仰に入った人として名前が挙げられているデオヌシオ(17:34)もまた注目に値する人物です。彼の立場はアテネの最高議会であるアレオパゴスの裁判官でした。他の裁判官達が、あざ笑い、聞くに値しない事項としてパウロの言葉を退けたにも関わらず、彼は周囲の反応に影響されることなく、信仰に入るという決断をします。何が彼を決断へと導いたのでしょうか。クリスポと共にイエスがキリストであると信じた多くのコリント人達に関する描写にはこうあります。「聞いて信じ」…。デオヌシオもまたアレオパゴスの真ん中で語られたパウロによる福音の宣言を聞いて信仰に入る決心をします。彼らに共通していたのは、立場に捉われず「聞く耳」を持っていたと言うことでした。やがてパウロが手紙に記す「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。(ローマ10:17)」の言葉の通り、キリストについてのみことばを聞いた時、彼らは躊躇や諸々の心配を超えて、信仰に生きるという「決断」に導かれて行ったのです。

求道中(未来クリスチャン?)の方々が、キリストについてのみことばを聞き、信仰に導かれることを切に祈ります。既に信仰を持たれている方々が、キリストについてのみことばを聞き、更に堅い信仰へ、主に対する献身へと導かれることを切に祈ります。

2012年1月 記:近藤愛哉牧師

「流れ出る~生ける水の川が」

「わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」ヨハネの福音書7章38節

 大震災により地面のみならず、生活にも、心にも大きな揺さぶりを受けた2011年から年が明けました。新しい年、主は何を私たちに見せて下さるのでしょうか。我が家では、昨年末より、いつかいつかと待ちわびていた第三子となる次男が誕生しました。クリスマスと重なるのではないか、(予定日通りの)元旦だろうか、でもまだ生まれない、とやきもきさせられましたが、結果的には、私たち親が落ち着いてクリスマスと元旦に礼拝をささげることが出来ることを見計らったかのように、週明けの1月2日(月)に誕生しました。

 多くの方の祈りの支えの中での出産となりましたが、彼が胎内の中にいる間、胎外では多くの命が失われたことによる悲しみと混乱が満ちていました。そのような中で生まれ出ることを許された新しい命に対して、特別な思いを重ねずにはいられません。また、その名を考えるにあたり、大震災との関わりを考えずにもいられませんでした。名前を「礼央(れおう)」と付けました。由来はギリシャ語の「レオー」という語です。「流れる」、「流れ出る」という意味のこの語は、新約聖書の中では、冒頭のヨハネの福音書7章に記録されている、イエス・キリストの言葉の中でのみ用いられています。やがて息子が主を信じ、彼自身の心の奥底から「生ける水の川」が流れ出て、主を礼拝することをこそ人生の中央に据えて欲しい、との思いを込めて「礼央」という漢字を選びました。同時に、彼が尽きることのない「いのち」を主から受けたならば、荒廃した地に、人の心に、その福音を証しし、届けることの出来る者になって欲しいとの思いも込めました。

今この東北という地、この国には、沿岸部には津波によって削られた地面が残され、内陸でも放射能による問題が深刻化しています。「水」によって引き起こされた恐怖と混乱、悲しみと不安が満ちています。「希望」「未来」「頑張ろう」・・・前を向かせようとする言葉が盛んに発せられていますが、根拠に乏しい言葉は逆に空しさを助長しかねません。私たちは真の回復と、希望に満ちた未来とは、イエス・キリストを信じることによってのみ与えられることを知っています。被災地においても、そしてこの地上のあらゆる場所においても、「破壊をもたらす水」の流れではなく、主を信じる者が起こされ続けて、「いのちをもたらす水」が流れ出ることを祈り願いつつ、新年も、委ねられた宣教を進めて参りましょう。


2011年12月11日 記:近藤愛哉牧師

「恵みを受けた者として」

「私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。」ヨハネの福音書1章16節

クリスマスのシーズンを迎えました。今年は、各地でクリスマスの受け止め方が例年とは異なるように感じられます。何と言いましても、3月に勃発した大震災の年のクリスマスです。ただの「いつものお祭り騒ぎ」というのではなく、何かしらの励ましや力付けを求めつつ、いつも以上にクリスマスを意識してこの時を過ごしたい、という、そんな心情があるようです。

 宮古から、大船渡から、そして大槌からも、現地に住む方々から、「『教会』にクリスマスのプログラムを用意して欲しい」との要請が届いています。早速、昨日にはKGK卒業生チームにも協力して頂き、大船渡市内の小学校において子供たちとのクリスマスのプログラムが催されました。今週は、大船渡市内の仮設住宅と大槌町内の仮設住宅で連日、リース作りを中心としたクリスマスプログラムやミニコンサート等が計画されています。また12月22日(木)の夜には、こちらも現地からの依頼に基づき、「大船渡市民クリスマス」を開催することになりました。千葉のⅠBFの教会からもチームが駆け付けて下さる予定です。例年以上に、「クリスマス」と「教会」の結びつきが意識されているように思います。被災地で続けられている証しの尊さと主の憐れみの豊かさを思います。盛岡でも先日の「子どもクリスマス会」を皮切りに、24日、25日と礼拝が予定されています。大いに主を証しする機会が備えられていることは嬉しいことです。でも同時にこのクリスマスの過ごし方として、一つ一つのプログラムの準備とその実施ばかりに思いとエネルギーを用いてしまうばかりでは不十分だと思うのです。

 このクリスマスの時、私達自身がイエス・キリストを信じ、罪の赦しと永遠のいのちを与えられた者として、「この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けた」者として、その喜びと感謝を増し加えられ、新たにさせられたいと思うのです。何よりも私たちの内から溢れ出る喜びをもって「クリスマス」と「教会」との結びつきを意識して要請をして下さる方々に、また家族や友人達、つながりのある方々に、クリスチャンにとってのクリスマス、いやイエス・キリストと言うお方の存在がどれだけ特別なものであるかを知って頂きたいと思うのです。そして、単なる「賑やかなイベント」によってではなく、このお方にある揺るぐことのない希望と永遠の喜びをもって真の励ましと力付けがもたらされることを切に祈ろうではありませんか。

2011年10月9日 記:近藤愛哉牧師

「マケドニヤ人の祈り」

「・・・ひとりのマケドニヤ人が彼の前に立って、『マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください。』と懇願するのであった。」使徒の働き16章9節

先週のボランティアチームの中には岡山県からのチームがありましたが、震災後半年以上を経てなお関心を持ち続け、遠路はるばる駆けつけて下さる姿は現地の方々に驚きを与えていたようです。もちろんその出身地のみならず、無私の心をもって仕えるその姿勢もまた驚きを生んだことでしょう。「仕える」ということが、震災後、私たちキリスト者の在り方として一つの大きなテーマとなり続けています。

 冒頭のことばは、第二次伝道旅行と呼ばれる旅の最中、当初予定していた南(アジヤ)や北(ビテニヤ)への進路を絶たれ、行く先を決めかねていたパウロ、シラス、テモテ、ルカらに、主が見せられた幻(正確に言うとパウロに見せられた幻)でした。(宣教師としては)未到の地であるマケドニヤへの招きは、その地に住む人々の懇願、呻きと共に与えられたのです。いつしかこの幻の中のマケドニヤ人の懇願は「マケドニヤ人の祈り」と呼ばれるようになり、代々のキリスト者、働き人にとって無視することの出来ない祈りとなりました。自分は一体どこに遣わされるのか、自分にとっての「マケドニヤ人」とは一体誰なのか?多くの海外からの宣教師達が、「マケドニヤ人」を日本人と受け止め、この日本での宣教の働きのために海を渡り駆けつけて下さいました。

 私たちに与えられたこの有限な人生において、もし私たちの視点が、自分の喜び、自分の成功、自分の祝福を求めることに終始してしまうとするならば何とも悲しいこと、空しいことと思うのです。もちろん私たちは神様から喜びを、成功(究極的な意味での勝利)を、祝福を受けます。でも信仰の歩みの醍醐味とは、ため池のように恵みを溜め込もうとすることにではなく、受けた恵みを「神を愛し、人を愛する」中で還元し続けて行くことにあります。(「あなたがたは、ただで受けたのだから、ただで与えなさい。」マタイ10:8)むしろ、還元し続ける中でこそ、更なる恵みの深みを知る者とされるのです。

 パウロが見た幻は、同行者達にも確信をもたらし(原語:結び合わされ)、この後、福音がいよいよ「ヨーロッパ」に上陸、前進し、その地の人々に罪からの救いと回復をもたらしていくことになります。私たちにとっての「マケドニヤ人」とは一体誰か?まだ会ってはいない人々かも知れないし、直ぐ傍らにいる家族や友人達かも知れません。いずれにせよ、その「懇願」や「呻き」に気付くことの出来る視点と信仰が与えられるよう、求め続けて行きましょう。

2011年9月11日 記:近藤愛哉牧師

「40年経っても」

「あなたはあなたの神、主を愛し、いつも、主の戒めと、おきてと、定めと、命令とを守りなさい。」 申命記11章1節

 1971年9月12日に持たれた第一回目の礼拝から数えて40年・・・。私自身が未だ40には届かない年齢ですので、その年月の長さを正確に捉えることは出来ません。しかし、その教会の歩みが主の憐れみと、関わる信仰者達の祈りと献身の上に積み重ねられて来た期間であることを思います。そしてこれからの教会の歩みもまたそうでなくてはならないことを思います。

 冒頭の御言葉は、いよいよ40年の荒野での試練の時を後にして、「主の約束の地」に足を踏み入れようとするイスラエルの民に対し、自らはそこに立つことが許されないながらも、まさに指導者として最後の務めとばかりに語りかけるモーセの言葉です。40年の荒野での歩みは民にとって長く、つらいものでした。しかし辿り着くカナンの地で待ち受けているのも、決して「無条件の幸せ」や、ストレスのない生活ではありませんでした。現にこの後、民はカナンの民との戦いに次ぐ戦いを経験し、更には定住後にも、異教の神々を信じる人々との間に生じる様々な問題や誘惑を受ける中で、堕落する危険と絶えず隣り合わせという状態に置かれて行くことになります。民の性質を知り尽くしたモーセですから、これからの闘いこそがむしろ大きな試練となることを予見していたのでしょう。主を愛することと、主の命令を守るということ。それは新約聖書に記される「神を愛するとは、神の命令を守ることです。その命令は重荷とはなりません。」(Ⅰヨハネ5:3)の言葉とも重なります。


 私たちの神、主を愛する教会として、私たちもまたこの40年の節目の時に、思いを新たにしたいと思います。この地上にある限り、闘いがあります。時代の波は前後左右から押し寄せ、私たちを翻弄し、押し流そうとし続けるでしょう。しかし変わることのない主の教え、私たちを罪から守る主の戒め、約束を示し続ける主のおきてと定め、指針を示す主の命令に聞き続け、喜びとし続ける教会として続けて成長して行きたいと思います。この盛岡の地に建てられた教会として、この岩手での宣教を担う教会として、この日本において福音を証しし続ける教会として、世界宣教の働きを主から託された教会として、主の憐れみの中で、祈りと献身の歩みを続けて行きたいと思います。